2006年10月20日

嫌いだ、「個性的」

やぁ、こにたんだよ。今月はライブ4本、結婚式2本で土日がほとんど無いよ、でも楽しいから疲れてないんだよ(多分)。

けっこう聞くけど、「個性が大事」とか「私は個性的な人が好き」とか「僕ってちょっと変わってるんだよね」とか言う人がいて、まぁ、カチンとくるよね。こない?

「個性的な人が好き」というのはうそで、前提が抜けているよ。正しく言うと、「いい人で、常識があって、しかもそこそこ個性的な人が好き」ってときばっかりだ。

人格が破壊していたり、社会的に見た目破綻していたり、性格悪かったり、友人思いじゃなかったり、自己中だったりすると、いくら個性的でも「好き」とは、まぁ、言われないようだ。

ほんとに個性的なやつは、そういう中にこそいるのにね。おれの知り合いでも犯歴あったり、完全にイっちゃってたり、こいつ社会生活無理だな、とかいうやついて、そいつらとても「個性的」だよ。でも、みんなから無視されてるけど。おれもそいつらを全面的に好きなわけじゃないけど、やっぱ会うと面白いしさ。影響も受けるしね。

そういうやつらとつきあう心意気もなくて、全く「自分の価値観の世界の範囲内におさまってる個性的」な人だけは認めるんだな。なんともソフトな生き方じゃねーか。

常識なんて、ほどほどでいいよ。そんなのが俺の行動範囲を制限しようとするのか?ああ、そうさ、常識なんてしらないよ、銀行が15時に閉まるなんて知らなかったよ、ずっと。

数学者にはかなりおかしな人がいて、とても画期的な理論を構築する天才的な人でも、「これ、やっぱ、社会的にはまともに生活できないな」って人いるけど、ちゃんと評価されてる(当たり前か)。
天才には人格は求めないよね、みんな?総理大臣や会社の上司には求めるようだけど。
科学者は開発作業でけっこー社会性が求められるのか、あんまり変な人いない。あー、小説家にはいるなー。数学者に似てるよね、基本的に紙と鉛筆だけで、しかも共同作業無しに、一人で、一人の頭の中だけで苦悩しながら物を創っていくのだから。
ここらへん、映画の「アマデウス」見たら面白いと思う。音楽的には神様のあのモーツァルトがあれだもんな。「才能」って何だろうね。鋭いとこをついてる映画だと思う。

おれ、スポーツ選手も別に天才的な運動神経持ってる人なら人格はひどくてもいいと思うんだけどね。でも、必ず責められるよね。相撲でもモーグルでもボクシングでも。その「才能」で人間の力の限界の枠を広げているのにさ。

あー、長くなった。

繰り返すけど「僕ってちょっと変わってるんだよね」って言われたら、おれは「あー、そうか。でも君、天才?凡人だよね。特に何か成果は出して無いよね。まー、話してて面白ければつきあってもいーけどね。でも自分の事をそういうふうに言う時点で、君、もう面白くないよ(気付かないのかな)。だから君の目指す道はせいぜい人格者になることだよ。とにかくだれからも『でも、あの人、いい人だよね』って最後に言われるようにならないと!早く!」って言ってあげた方がいいんだろうな、ほんとは。

でも、ほら、おれも「いい人」と言われたい側の凡人だからさ。だから言わないんだろうね。


konimana at 02:43│Comments(2)TrackBack(0)clip!

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この記事へのコメント

1. Posted by ぴ〜♪   2006年10月20日 15:50
「人格者」って素敵ですね。憧れます。
2. Posted by 姐   2006年10月21日 00:49
>相撲でもモーグルでもボクシングでも。

誰の事を言っているか、すぐにはっきりとわかった(笑)。顔が立て続けに3つ浮かんだ。

この2.5週間ばかり、アル中の方々と過ごしました。確かにオモシロイ人たちがたくさんいらっしゃいましたが、小西さんの言うところの『ほんとに個性的なやつ』は自助会等々には参加しても長続きしないようですね。みなさん神々しく人格者たろうとしていました。その姿は凡人から見ると、とても美しかったです。

ちなみに私は「アル中の一味」ではない。

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